棋士・女流棋士がふりかえる100年

及川拓馬七段「現会館の思い出やエピソード」

及川拓馬

七段

初めて行った道場は将棋連盟だった。
小学1年生。父と電車で向かう。
家から連盟まで片道2時間ほど。決して近くはない。
当時は遠いなぁと思っただけだったが今思うと平日働いていた父が休みの日曜に連れていくのは大変だっただろう。
往復の時間は景色を眺めていた。
埼京線が高架橋を走っている時は眺めがいい。
ただ遠くを見て、あそこはどんな街だろうかと想像していた。
千駄ヶ谷の駅を降りる。連盟までの道順は知らないので父のあとを追って歩く。
途中、鳩の森神社を通ると祠の中に大きな駒が祭られていた。
書いてある字は読めなくてもインパクトは大きかった。
将棋連盟に着き正面玄関から入って2階へ上ると道場だ。
3階より上はどうなっているのかなと思ったが一般の人は入れない。
道場に入ると父が職員の方に席料を払う。
道場の中は広かった。たくさんの人とたくさんの盤と駒。
人の熱気に気圧された。
初めは10級でスタート。一番下の級。
ルールしか分からない子どもには10級でも荷が重く、結果も負け。
自然と涙がこぼれた。
その日はもう指したくなかった。
子どもながらに圧倒的な差を感じたからだ。
でも、相手のことや2局目以降のことはほとんど思い出せない。
帰り道、千駄ヶ谷の駅内にある立ち食いうどん屋に寄ってコロッケうどんを父と半分ずつ食べた。
以来、父と連盟に来た帰りはコロッケうどんを食べるのが恒例となった。
今でもうどんが好物なのは、この時の影響だろう。
以来、ずっと将棋連盟に通っている。対局場所が2階から4階に上がって。

数年後、将棋連盟は移転する。
新会館は現代的な建物の中へ。内観、外観とも素晴らしいものになるだろう。
新しい環境で対局できるのが今から楽しみである。
ただ、30年近く通ってきた味のある会館が変わるのはちょっぴり淋しい。
現会館での最後の対局が終わった時は感傷的になるだろうし旧会館の跡地を時々見にいくだろう。