棋士・女流棋士がふりかえる100年

室谷由紀女流三段「初心者の頃の思い出」

室谷由紀

女流三段

子供将棋教室に通ってしばらく経ち、ようやく少しは指せるようになってきたかなという頃、大阪市内に将棋連盟がやっている道場があるから行ってみないかとお声掛けを頂いた。将棋連盟にオフィシャルで級を認定してもらえる、そしてできるだけいろんな人と指した方が強くなれるよ、ということで、母と当時一緒に教室に通っていた姉と一緒に行ってみることにした。
J R環状線福島駅から徒歩で5分、茶色いレンガ色の関西将棋会館は随分と立派で、田舎の空手道場みたいなところを想像していた私は少し尻込みをした。
1階の守衛さんに挨拶し、2階に階段で上がる。200人程が入れる場内はそこそこ満席でガヤガヤしていて、女の子は私と姉の二人だけ。あ〜早く帰ってテレビ見たいな、と呑気に思った。
入口で席料を払うと最大で12局指せる仕組みだったが、どうやら今もそのシステムは変わっていないようだ。
朝から夕方まで対局相手と向かいあった結果は、全敗!緑色の対局カードには、勝つと白いマル、負けると黒いマルが付くのだが、見事に12個の黒マルで埋め尽くされた。オセロだったら優勢だろうな…なんて思いながらも楽しく指していたのを覚えている。

対局の内容はというと12局全て大差をつけられた、というより話にならないレベルで圧倒的に完敗した。簡単な話、まだ私には連盟道場に通うには実力が足りなかったということだ。それでも、帰りにもらった対局カードにはアラビア数字で10と書かれていた。10級認定である。

今はその思い出の将棋会館に女流棋士として行く訳だが、すれ違う道場のお客さんも随分様変わりしていて、私が通っていた時代とは違い男の子ばかりということはないし、楽しそうな様子の若い女性グループも見かけるようになった。きっと、当時の私のような初心者マークをつけた方も沢山訪れているんだろう。勇気を出して初めて訪れた方もいれば、何十回何百回と通っている常連の方もいるだろう。
それぞれが様々な思いで将棋を指している訳だが、棋力が違っていても共通している部分があると思う。それは将棋が好きだということ。

初心者の頃は”道場に通ってもいいものだろうか””敷居が高い”等、なかなか一歩を踏み出せないでいるかもしれないが、もしも迷っている方が居たら私の12個の黒マルを思い出して勇気を出して頂きたい。思い入れのある道場で将棋を楽しむ人が少しでも増えてくれるのが何よりも嬉しく思う。