棋士・女流棋士がふりかえる100年

真田彩子女流三段「祖母の駒」

真田彩子

女流三段



 桐の駒箱を開けると、蓋の内側に『佳趣』と書いてある。
 私が女流棋士デビューしたときに父方の祖母がお祝いとして新品の駒をプレゼントしてくれた。「おめでとう。」と渡してくれたときに、書道が趣味の祖母に対して私の父が駒箱に一筆書いてくれるよう頼んだため、その場で書いてくれた文字が『佳趣』だった。
 これからプロとして将棋をやっていこうという門出に「佳き趣味」とは如何に!?少々戸惑う文言ではあったが、字面は綺麗で気に入った。
 高級な駒といえば盛上駒だが、これは彫埋駒だった。文字の色もどことなく薄くてちょっと見ない感じ。祖母はこれが良く見えたそうだ。値段は十万円位と聞いている。私の好みも聞かないでと、当時は少し苦笑した。そういえば7才の七五三は、私はピンクが着たかったのだが祖母が選んだクリーンの振袖が用意されていた。成人式は母方の祖母が選んだ着物を購入し、私がそれを初めて見たのは仕立て上がって届いた時で、正直なところ着たい色では無かった。私の好みも聞かないで・・・思い出すと苦笑しか出なかったが、年を重ねるにつれてお祝いの気持ちを抱えて楽しく選んでいる祖母達の様子を想像すると微笑ましく感じるようにもなってきた。
 ところで、子供の頃の私はとにかく人前で目立つことが苦手で緊張しやすく失敗を恐れるタイプだったので、今の自分が客観的に見ても、とても女流棋士はおすすめしないと思う(笑)。祖母が『佳趣』と書いたのは「気楽にやりなさい」という意味だったのかなと思い当たったのは、祖母が亡くなり、私が公式戦を引退した後のこと。
 祖母は満100才を迎えての大往生だったので、この駒は長寿の縁起物として大切にしたい。