内藤國雄九段「思い出の棋具」
内藤國雄
九段
詰将棋専用駒
子供の頃、こういう話を聞いた。
芦屋にお金持ちの将棋ファンがいて、毎日のように2、3人が家に集まり楽しんでいた。一度だけ「値段がわからない」とご主人が言うくらい、値の張りそうな盛上げ駒を見せてもらった。ある時、そのご主人が亡くなってしまった。3人の友人は夫人からそれぞれ、普段使っていた掘り駒を形見分けしてもらった。一回忌の時、その中の一人が夫人に尋ねた。「あの、大事にされていた盛上げ駒は?」「主人と一緒にお棺に入れました。」夫人は掘り駒が一番の値打ちと思っていた。きれいな盛上げ駒は書き駒と思っていた。
戦後間もない頃は縁台将棋に必ず大勢の人が集まっていた。街には自動車はまだ走らず、家庭にテレビもない時代である。その時代、将棋は盛んでおもちゃ屋さんには書き駒がおかれていた。
私は奨励会に入った頃から表も裏もツルツルしている掘り埋め駒が好きだった。
写真の駒は掘り埋め駒で、私が60年以上愛用している“詰将棋専用駒”として来た愛用駒。対局時みたいに駒を盤上に打ちつけるわけではないからちびていないが、この駒で2万題以上の詰将棋を盤上に並べてきたとは信じられない気持である。