棋士・女流棋士がふりかえる100年

島本亮五段「初心者の頃の思い出」

島本亮

五段

将棋との出会いは、小学一年生の大掃除をしていた時。
片面が囲碁で、片面が将棋になっている木の盤でした。姉に歩回りや山崩しなどの遊びを教わり、その後に本将棋を父から教わったのが始まり。
父が買ってきた本「加藤一二三九段の将棋入門」をなんとか読みながら、矢倉と棒銀を覚えたようです。その後、将棋教室デビューをする前に、地元の緩い大会に参加して、C級で0勝4敗。相手が振り飛車穴熊で私は矢倉と棒銀のセット。そこだけ鮮明に憶えています。
その後は学校から帰ると、新聞の将棋欄を父と並べて、最後の局面で「どう指すのか」当たるわけもないですが、指し手を書いて、また次の日に続きをやる日々。
それから時は経ち、公園でオジサン達が集まって将棋を指している場所がありまして、両親と共に買い物の帰りに偶然立ち寄った際に、何人かのオジサンが相手をしてくれました。そこでは連勝して「ボク、強いなぁ。ここで一番強い人と指してみ」とボスが出てきたのですが、結果はどうだったんだろう?いい勝負はしたのかな?「こんなとこで指さずに、教室に行って習った方が良いよ」と助言をもらい、そこで初めて将棋教室があることを知りました。
そうして三宮将棋センターに行って、井上先生・藤原先生が担当されていた子供教室に入会、教室デビューにしては珍しい4級認定をもらったのでした。本来なら喜ぶところですが、実は新聞欄の次の一手も続けていて(間違えても点数が貯まるもの)、塵も積もって四段の点数まで進んでいたのです。それが4級と言われたものだから、ショックを受けたのは言うまでもなく。それでも懲りずに続けられたのは、教室の先生が優しかったのもあり、友達もできて、なにより将棋を指すのが好きだったからですね。土日はずっと将棋センターに通って指していたように思います。家族旅行がこの辺りから無くなったと、姉が嘆いていましたから。
最後に、初心者時代ではなかったかもしれませんが、記憶の中にある一つの話。
将棋を指すことが好きで、勝つことには執着していない時代に、ある県大会で相手の方が「二歩」を指したのです。しかしながらそれで終わってしまうのが悲しく感じたようで「良いですよ」と戻してもらって対局再開、その後負かされたのですが、待っていた親に報告したら「イイことしたね」と褒められて、よかったなと安心したのを憶えています。