真田圭一八段「初心者の頃の思い出」
真田圭一
八段
私が将棋を覚えたきっかけについての話しをします。私が六才、小学一年生の時でした。祖父宅に遊びに行った際、脚付きの将棋盤に興味を示したのが始まりでした。その後、祖父が盤を出し盤上に駒を広げて、どんなゲームか教わった気がします。しかし、その場でルールを全て覚え切れるものでもなく、すぐには将棋を指すには至りませんでした。祖父宅は都内で、数ヶ月に一度は家族で訪れていたと記憶しています。私が将棋に興味があることを分かっていた祖父や叔父達は、当初はハサミ将棋等で相手をしてくれていました。これはこれで面白かったのですが、私の意欲がそこに留まらないことを感じ取ったのでしょう。何度目かの祖父宅訪問後、祖父から簡易な将棋盤と駒が届きました。孫と本格的に将棋を指すべく、ルールを覚えてほしいとの意図だったのでしょう。早速、本を買いルールを覚えました。ちなみに私は長男で弟はまだ生まれておらず、両親共に将棋は指せませんでした。よって、もっぱら一人で盤に向かうことが多かったですが、それでも非常に楽しかったです。そして祖父から盤駒が届いた後の祖父宅訪問。ルールはもう大丈夫で、いよいよ祖父と初対局となりました。この時は叔父達も観戦してにぎやかなムード。手合は六枚落ちだったと思います。対局の内容はと言えば、何しろ私自身が初対局。駒を動かすので精一杯でした。断面的に覚えているのが、盤の右辺からと金を一枚、また一枚と作られてと金が並んでいる図。結果は当然手も足も出ない完敗。周りの叔父達は色々とアドバイスをくれます。ただこの時、もしかしたらこれが私の才能かなと思うのがですが、負けることは全く気にならず、将棋を指していることがただただ楽しくて仕方なかった。ですが、これを読んでいる皆さんは、お子さんやお孫さんがルール覚えたての段階では、決して負かさないで下さい。十回やったら教える側が九回負けるぐらいでないと、幼い子は嫌になって将棋をやめてしまいます。私の話しに戻ると、私と将棋との縁を繋いでくれた祖父は私が棋士になるのを見届け、その翌年に亡くなりました。祖父には本当に感謝しています。