棋士・女流棋士がふりかえる100年

池永天志五段「初心者の頃の思い出」

池永天志

五段

 僕はその言葉の漢字を見たことがなかった。でも、難しいほうの「りゅう」が入っているなと思った。あとでそれは「れいろう」と読むことがわかった。人生で初めてもらったサインが嬉しくて、さらに握手までしてもらった。隣にいた母が下敷きにも図々しくサインをお願いした。その先生は嫌な顔ひとつせず、さらさらっと名前を書いた。
 そのあと、母が「関西将棋会館」と書かれたチラシを見つけてきた。将棋を指すための場所があることにびっくりした。家からそれほど遠くないことがわかり、僕は将棋会館の子ども入門教室に毎週土曜日、通うことになった。
 教室は20級からスタートした。いい調子で級があがっていき、教室が終わったあとに2階の将棋道場にも行くことになった。初めて道場に行くと棋力を確認された。教室では15級くらいだったのでそう伝えたら、10級からしかないと言われ付き添いの父は少し困っていた。その日は全然勝てなかった。それから僕は、毎週土日に道場でも将棋を指すようになった。

 2001年夏。近鉄百貨店で毎年開催されていた将棋まつりにて、当時小学2年生だった私は羽生善治四冠のサイン会に参加した。プロ棋士の先生にお会いするのはこのときが初めてだった。母に買ってもらった『谷川VS羽生100番勝負』を片手に長蛇の列に並び、羽生先生に「玲瓏」と揮毫していただいた。
 あれから20年が過ぎた。微かな記憶の中に漂う私の原点らしきものに、ノスタルジーを感じる歳になってしまった。棋士になった今、ふと道場をのぞいてみると、私が子どもの頃に対局したことのあるおじさま方が、楽しそうに将棋を指されているのをお見かけすることがある。昔と変わらない雰囲気に、これまた懐かしいような、あるいは嬉しいような、なんだか不思議な気分になってしまうのである。