棋士・女流棋士がふりかえる100年

糸谷哲郎八段・船江恒平六段座談会

糸谷哲郎

八段


船江恒平

六段

今回は奨励会同期である糸谷哲郎八段と船江恒平六段のお二人に奨励会時代を振り返っていただきました。



―初対面について

糸谷:まず、初めて会ったのは小学生名人戦の時※ですよね?
船江:そうですね。大阪の小学生名人戦やったかな?直接対局したわけではないんですけどね。
糸谷:はじめはそうですね。(初対局は)翌年の小学生名人戦で勝ったらNHKの決勝(東京)に行ける一番を負けて。
船江:そうか俺、NHKに行く一局は糸谷に(勝ったん)やった?
糸谷:たしかそのはずです。第一印象はまぁ、こういう強い子もおるんやみたいな感じやったと思いますね。

※第23回小学生将棋名人戦


糸谷哲郎八段


船江恒平六段



―奨励会入会当初について

船江:覚えてることありますか?あんまでもね、そこまで入会当初は喋ってなかったもんね。
糸谷:そうですね。僕も広島だったんで(佐藤)天彦さんの方が知ってるっちゃ知ってたというか。
船江:天彦さんと3人が小学生やったかな。
糸谷:そうですね。
船江:私は井上門下の兄弟子が一緒に受かってたので、まぁその方についていくって感じでしたね。
糸谷:懐かしいですね。
船江:糸谷さんは天彦さんとよう喋ってた。
糸谷:そうですね。
船江:奨励会入ってから仲良かった人、一人も棋士になってないんちゃうかな。よく棋士になれたなと自分で思う。
糸谷:稲葉(陽八段)にはすごい慕われてた印象ですけど。
船江:いやぁ~そうね。どうなのかな。



―奨励会時代に大変だったことは?

糸谷:あーでも6級が長かったですよね。(成績表を見ながら)1年10ヵ月ぐらい、たぶん2年くらい6級にいたんで。
船江:私も1年2か月、6級にいるな。
糸谷:6級が一番きつかったんじゃないかって感じですよ。実は私すごい珍しくて、6級が2年で1番長いんですよ。三段リーグも1年半で、次に長いのが初段の9ヵ月ですかね。
船江:短いな。
糸谷:だからそんな感じなんですよ。6級が2年、これが長すぎるっていう。
船江:私はだいたい1年に1個ずつ上がっていったんですよ。とてもプロ棋士になるスピードとは思えない。三段まで7年ぐらいかな。
糸谷:一応僕は6級から上がってからはそこそこ早いんですよね。5,4,3はまぁ半年で上がって。そこからまた8ヵ月で2級、8ヵ月で1級、みたいな感じでまぁまぁ早かったです。
船江:なんか途中から糸谷と指した記憶ないもん。多分私が初段ぐらいまでしか指してないんちゃうかな。
糸谷:二段と初段でやってますね。
船江:あぁ二段と。それぐらいからは全然指してないですね。



―奨励会時代、印象に残った一局について

船江:なんにも覚えてないんだよな。なにかあるかな~。
糸谷:まぁ僕はあれですかね。いまだに言われ続ける、天彦さんの駒台に銀金をおいた一局ですかね。
船江:そうですね。あれは意味が分からへんから。まぁなかなか反則しないし。私は奨励会三段リーグの最初の一局が一番印象残ってるかな。
糸谷:どういう風に印象に残ってるんですか?
船江:いやぁ~なんか東京に来たなっていう。
糸谷:三段リーグ入ると初めて関東にいけるんですよね。
船江:東京の将棋会館に。
糸谷:なのでそのことが一番印象に残っている、と。
船江:印象に残ってるなぁ。なにか残ってんのあります?
糸谷:(指し直しで)1日4局やった時あったんですよね。今思い出したんですけど。
船江:それすごいね。
糸谷:千日手指し直し、千日手2回、千日手指し直しって書いてあるんですよ。
船江:でも君の場合疲れてないやろ。
糸谷:いやいやいや。
船江:どうせ15分ぐらいしか使ってない。
糸谷:まぁ早いからそうなんですけど、何局指してんねんみたいな話はありましたよね。



―奨励会時代、嬉しかったことは?

船江:プロになったのは圧倒的に抜けて嬉しかった。嬉しかったというか僕ぐらいの年になるとホッとしたっていうぐらいですかね。
糸谷:いやぁ~でも5級に上がった時が覚えてますね。
船江:詰将棋で賞※を奨励会の時もらったんですけど、その時は詰将棋に熱中してたから、それは嬉しかったな。

※平成16年度看寿賞受賞



―記録係について

船江:とったことないでしょ?
糸谷:はい、やったことない。というか、ずっと広島だったんですよ。三段リーグ上がったのがまだ中学生ぐらいのはずなので。
船江:私、ようさんとりましたけどね記録。
糸谷:どうでした?
船江:いや最初の頃は、嫌いでしたね。足痛いし、じっとしてんの苦手やったし。
糸谷:なにか、これ記憶にある、とかあります?
船江:これっていう対局はないけど、師匠に怒られたのは覚えてますね。まぁ~やる気なかったので、しんどそうに座ってたら怒られました。何回か怒られたような気がするな。でも最後の方は記録好きやったんでね。もう心を入れ替えて、記録してました。
糸谷:確かあれですよね。僕が反則やった対局もとっていただいてましたよね。
船江:とりましたね。糸谷-戸辺戦やんな?
糸谷:そうですそうです。二手指しやっちゃって。7八の駒とって8七に玉をいっちゃった。 
船江:反則をした瞬間二人とも俺のほう見てくるから、いや俺立会人じゃないんやけどなと思いながら。(他の)糸谷の記録も何回かとってるはずなんやけどな。多分最後の半年ぐらい、久保(利明九段)先生の追っかけしてたから、ほぼ全部の記録をとってたはず。当時二冠王※やったんかな久保先生。
糸谷:船江さん、なんか最後の半年はすごい勉強したとおっしゃって。
船江:まぁ真面目でしたね。最後は柄にもなく真面目でした。その頃は記録も楽しかったですからね。やっぱちゃんと考えてやったら楽しいんですけどね。最初の頃はもうただただしんどいなって思ってた時があって。それじゃあ、あんまり楽しくなかったですね。
糸谷:なんか奨励会員時代の船江さんのイメージとして、多才だけど普段は結構いいかげんで。でもなんか決めると半年ぐらいで結果を出すみたいなイメージが。
船江:いやいやいや。

※第59期王将・第35期棋王



―三段リーグに対する心持ちについて

糸谷:いや結構人によって違うんですよ。私とかは相当プレッシャーかかっていなかったほうなので。
船江:そうやな。
糸谷:だんだんだんだん追い詰められていくというか。
船江:年齢に比例してプレッシャーかかっていくっていう。
糸谷:そうですね。10代は「ここにいて俺が上がれないわけがない」みたいに思ってる人が多くて。なんかもう17歳、正確には18歳ぐらいで三段になるとほぼ9割方上がれるんですよ。でも20数歳になってくるとだんだんできなくなってきて。
船江:いや俺も。なんかね、おかしくなってくるんやろうな。
糸谷:早抜けする人は大抵プレッシャーかかってないんですよ。16、17歳とかでなってそのまま18歳で上がるパターンとか。もっと若くしてなる人もね、すっと抜けていきますもんね。
船江:三段リーグ長かったなぁ。
糸谷:何期ですか?
船江:9期やったんかな。4年半やと思う。
糸谷:そら長いですね。
船江:うん、長かったっすね。何してたんやろな。今プロになって奨励会を振り返ると、もうちょっと早く勉強しときゃよかったなって思う。
糸谷:船江さんなんか本気出したらすごいけど、本気はめったに出ないっていうイメージが。
船江:それっ!もうちょっと早くに勉強しとけばよかったなって思う。18歳で三段になったんですよ。まぁ割と運がいい方やと自分で思ってたから、チャンスが来たら何とかなるかって思ってたら全然なれない。22歳の時に、ずっと仲良かった人が26歳で辞めちゃって。あ、奨励会って辞めなあかんねんやっていうのをやっと気づいたっていう。
糸谷:船江さんの場合、そこから結果出すのがすごいですよね。半年で。
船江:周りに稲葉君と菅井(竜也八段)君がおったおかげで割とちょこちょこと(一緒に指していた)。
糸谷:兄弟弟子の絆、結構あるイメージが。
船江:うちはそうですね。特にその頃は仲良かった。まぁ今別に仲悪くないですけど。やっぱ今はね。
糸谷:お互い結婚して。
船江:ちょっとね会う機会が(減った)。プロになってすぐくらいが一番多かった。私がプロになって西川(和宏六段)さんと私と稲葉さんで。
糸谷:お酒好き。
船江:週3日は一緒に飲んでたような気がするからね。
糸谷:親友ですね。
船江:そうね。週3日、もっと飲んでたかもしれへんな。なんか家に帰るより西川さんの家に泊まってた方が多かった時とかあったんやろうからな。糸谷さんと仲良くなったのも、どっちかっていうとプロになってから。
糸谷:そう。プロになってから。
船江:プロになってしかもちょっと経ってからでしょうね。
糸谷:そうですね。
船江:20歳越えてぐらいからだよね。ご飯食べに行ったり。



―奨励会時代、周りが昇段していくことに対して思うところはあったか?

船江:あぁ~あんまないよな。
糸谷:ないですね。
船江:四段と三段ってなんかまぁそんな…。いやもう全然壁はあるんでしょうけど。でも上がれてるからその人を羨むとか妬むとかいう感じはないですね。
糸谷:はい。
船江:しかも明らかに上がれる人はだいたい強いしな。自分より強くて。
糸谷:まぁある程度分かってるんですよね。
船江:そう。この人上がるやろうなっていうのもあるし、明らかに三段リーグで自分がやってる時も、強いと感じてるし。
糸谷:ちょっとなんかこいつ自分と近いかも、とか思うと少しバチバチになったり。
船江:こいつには負けられんみたいな。
糸谷:そうですね、稲葉とかそのあたりでしたね。(当時の奨励会成績が押印された用紙を見ながら)しかしこれで見たら佐藤(天彦)さんがすぐ5級上がってますね。
船江:天彦さん順調に上がっていったイメージある。
糸谷:天彦さんが順調で私はただ追いかけて追いかけてって、反則やってまた引き離されるみたいな感じでしたね。船江さんはなんかずっと堅実に上がられてるイメージというか。
船江:私1年に1回ですからね。堅実っていうか遅すぎるけどな。
糸谷:いやいや。



―当時は佐藤天彦九段が目立っていた?

糸谷:天彦さんはすごい。
船江:強かったもんね。
糸谷:僕らの期の中でも1番先頭走ってて。
船江:年も若いし強かったしね。
糸谷:そうですね。1番先を走ってて、多分豊島(将之九段)・稲葉・都成(竜馬七段)あたりもやっぱり天彦さんを追えみたいなところあったと思う。
船江:そうね確かに。明らかに強かった。まぁでも三段リーグやと、だいぶ苦労されたというか自ら苦労を買ったみたいなとこあったけど。
糸谷:まぁフリークラスを断ったから、それで我々が追い付いたというか
船江:あ、その時って糸谷まだ三段?
糸谷:いやその時は二段で。フリクラを断って確か僕が三段に上がったんで。
船江:へぇ~、じゃあそれから結構長いこと天彦さん三段リーグやったんやな。私も2回ぐらい指したんかなぁ、三段リーグで。まぁ強かった。明らかに一人だけ強かったですね。
糸谷:そうですね、懐かしい。
船江:何年前ですかね。糸谷(今)34歳?
糸谷:34歳です。
船江:てことは…。
糸谷:(奨励会に入会したのは)20年以上前です。
船江:そんなに経ってるんですね。恐ろしい。
糸谷:いやでもこの紙も懐かしいですね。一喜一憂したなぁ。



―昇段を決めた日について

船江:三番手か四番手やったかな。午前の対局に勝って、自力になったんですよ。(その後最終局に勝って)師匠(井上慶太九段)に電話をかける瞬間がやっぱり一番、うれしかったですね。まぁだいぶご迷惑とご心配をおかけしたので私は。師匠に最初に電話しましたね。親と、まあ今は妻ですけど長いこと付き合ってた彼女の3人にかけたような気がするかな。でもよく覚えてるのは師匠だけですね。(師匠は)なにも喋らなかったんですよほんま。喜んでっていうか感極まって。 僕もそうでしたけど。あんまり喋ったって感じではなかったですけど、覚えてますね。
糸谷:私は、ちょっとどっちを昇段決定日って言っていいかわかんないですけど、最終日の方を話すと…
船江:そうか、(リーグ最終日前に)もう決まってたん?
糸谷:次点2つ(フリークラス以上)まで確定してたんですよ。
船江:あぁなるほど、なるほど。
糸谷:連敗しなきゃOK(2位以上確定)っていう条件で。
船江:それに勝って。師匠には電話しました?
糸谷:流石にしましたよ。その前にちょっと、フリクラになった場合どうするかみたいな話をしてたんで。
船江:なるほど。
糸谷:まぁよかったなって感じだったと思いますけど。



―今の奨励会と昔の奨励会の違いは?

糸谷:人数が違いますよね。
船江:人数が違うのとやっぱり真面目、今の子だいぶ真面目ですよね。
糸谷:そうですね。まぁちょっとリーグは人数増えた分、上下の力の差ができちゃってる印象は受けます。三段の上と三段の下が。
糸谷:結構違いますよね。多分2級差ぐらいは普通にある。だからそういう意味ではちょっと同じリーグにいるのは少し可哀そうだなっていう気はしますけど。 
船江:そうね。あとは…あ、そう。糸谷さん大学行ってますもんね。
糸谷:そうですね。
船江:今の子学校に行ってる子が多いっていうのも全然違う。昔、僕らの世代やと高校行ってる人は少なかった。だから結構時間ある人多かったよね昔は。その時勉強してたのかどうかってのは微妙やけど。
糸谷:今はでもなんか、真面目にやろうって子が伸びるみたいな感じのことを山崎(隆之八段)さんが言ってましたね。
船江:あぁ~そうね。
糸谷:将棋の質が変わり始めたみたいな。幹事の時から言ってたんで。
船江:そっか、確かにね。
糸谷:やっぱり情報がちゃんとあるから。
船江:自分一人でも勉強しやすい時代だから。
糸谷:そうですね。
船江:(糸谷八段は当時)どうやって強なったん?広島に…あ、そっか。でも24(将棋倶楽部24)が出たばっかやから。
糸谷:そうですね。24ができて、ほんと指して指して指し続けて。ネット将棋で情報格差を縮められるんですよ。東京の人とかが新しい序盤とかをやってるから、見て覚えるっていう。今だともうプロの棋譜が見られるからそれで覚えられる時代なんですけど、当時はネット将棋で最新情報握ってる人たちが練習してたりして。そういうので覚えるって感じですよね。



―最後にお互いの今の印象は?

船江:お互いの今の印象ね…糸谷さん、お酒をいつの間に飲むようになったんですかって感じですけどね。僕がプロになった頃、飲みに行った時なんか日本酒の匂い嗅いだだけで…
糸谷:もう酔う。
船江:酔っぱらうとか言ってたのに気が付いたら。
糸谷:いや~飲むようになってしまって。つい最近は、船江さんと連盟じゃなくて、飲むとこで会いました。
船江:そう。バーでふらっと会ったな。びっくりしました。たまたま私、将棋じゃなくて会計士の会社の人と飲んでたんですけど。
糸谷:私はまぁ棋士となんですけど。
船江:びっくりしましたね。あとはよう働きますね。
糸谷:いやいやいや。 (船江さんこそ)よく働いてるじゃないっすか。
船江:いやいやいや、よう働きますね。確かに自分もよう働いてる方やと思うけど。
糸谷:やっぱ(会計士の)試験もなんか高速で突破されたと聞いて。どの世界でも通用する実力なんだなという風に。
船江:いやいやそんなことはないです。
糸谷:船江さんは多才というか多芸ですよね。棋士って結構、将棋しかできないって人も多いんですけど。
船江:糸谷さんも多才じゃなさそうに見えて多才ですね、意外と。
糸谷:いやありがとうございます。
船江:意外とって言ったら怒られそうやけど。いやぁ~今の印象ね。でもあんまり変わらへんけどな。
糸谷:あぁそうですねキャラ自体はあんまり。
船江:昔から一緒の感じはしますね。
糸谷:まぁ長く見てるとわからないというのもあるでしょ。



終始和やかに進んだインタビュー。聞いているこちらも興味深い内容ばかりでした。