棋士・女流棋士がふりかえる100年

井上慶太九段・長沼洋八段・藤原直哉七段座談会

井上慶太

九段


長沼洋

八段


藤原直哉

七段

今回は奨励会同期である井上慶太九段と長沼洋八段と藤原直哉七段で奨励会時代を振り返っていただきました。



―お互いの第一印象について

井上:まぁ僕はね、藤原さんとは奨励会入る前から。いつ頃来たん?若松(政和)先生のところ。
藤原:小学校3年生。
井上:3年やんな。俺(その時)5年やわ。
長沼:はやっ!
井上:当時僕しか子どもいなかったと思うんですけどね。小学校5年の時になんか一人来てね。師匠と何枚落ちでやってたん最初?
藤原:6枚落ちですね。
井上:弱いなぁ思て見とってんけど。ちょっとしたら、1年ぐらいで追い付かれたんかな?まぁそっからやね。覚えてない?
藤原:覚えてないですね。
井上:師匠のとこの自宅教室、大体土日どっちも行ってはったんちゃう?
藤原:えぇ行ってましたね。
井上:僕はねどっちかしか行ってなかったんですよ。ほんならもう、すぐ追い付かれたんかな。
藤原:あぁ、そうですね。
井上:だからもうその時からの付き合いですわ。
長沼:最初自宅やったんですか?自宅教室?
井上:うん、師匠は。
長沼:あぁ僕、若松将棋センターのほうは行ったことあるんですよ。
井上:あぁそうなん。
長沼:2、3回やけど行きました。僕中2か中3やから、いらっしゃったはずやねんけど。面識どうやったかな、覚えてないです。あ、谷川先生もいらっしゃったんですよ。棋士になってはったかもしれん。
井上:余裕でなってた。
長沼:あぁ~。そやけど手伝いちゃんとされてたんですね。いくつやったんやろ谷川先生あの時。4つぐらい上やから高校生ぐらい。結構長いこと、若松センターで手合係されてたんですね。
井上:そやね、手合係はしてた。藤原先生もなんか喋ってくださいよ。
藤原:あぁ、僕はね、長沼洋の印象がないんですよ。
長沼:ない!?
一同:笑い
藤原:ないない。
長沼:僕が言いましょう。彼、過去の記憶がないんですよ。(初対面は)奨励会に入った時じゃなくて僕は将棋大会で藤原先生と。
藤原:ほっ!
長沼:ほっ!じゃない(笑) 対戦してるんですよ。そうですよ。
井上:アマチュアの時。
藤原:いや、してないしてない。
長沼:ベスト8かベスト4かそのぐらいで当たってる。
藤原:小学生?
長沼:小学生ちゃうわ、中学生の時。
藤原:僕でも中2で奨励会入ったから。
長沼:あぁそうか、僕が中3で、そちらが中2ですわ。
藤原:あぁそうなん。
長沼:そうそう、夏に。
井上:奨励会入る前のとき。でもまぁ直前や。
長沼:直前の大会で対戦して。
藤原:えぇ~。
長沼:負けたやろ。
藤原:初めて聞いた。
長沼:なんで。なんでこんな長い付き合いで(この事を)喋ったことなかったん。
藤原:ないない。
長沼:もう40年以上の付き合いなんですよ。
藤原:初めて聞いた。
長沼:今初めて?衝撃の事実やわ。なんで初めてやねん。居酒屋さんとかで喋って忘れてるんちゃう?喋ってないわけがない。
藤原:そんなことあったん?
長沼:うーん。僕が勝ったんですよ。
藤原:あぁ、そうなん。
長沼:対局中ちょっと喋ったりしましたよ、藤原先生と。
藤原:へぇ~。
長沼:ずっと黙ってる感じやから。ものすごい真面目で。
藤原:いや僕大会出てあんま負けた記憶はないんですよ。
井上:あぁ~。
長沼:負けた記憶。
井上:ほんならよけい。
長沼:忘れてるだけじゃない。
一同:笑い
井上:絶対そうに違いない。
長沼:僕に負けてるんですよ。
藤原:そうなん?
長沼:僕が優勝したん。
藤原:アマチュアの頃あんま記憶ない。全然ないわ。
長沼:小4で大会出てたってすごいですね。早いですね。
藤原:僕と井上さんね、よく大会出ていっつもどっちか優勝してた。
長沼:おぉ~。
井上:大会出た?
藤原:出てなかった?
井上:いやぁ、俺らの時、大会がそんなあったかな。
藤原:1年に1回ぐらいやった。
井上:将棋センターのトーナメント戦は毎週あったんやなかったかな。まぁどっちかが優勝するみたいな。
長沼:おぉ~。
井上:中学入ってからあんた将棋しだしたん?
長沼:うちは父親が結構強かったんで家で父とばっかりずっとやってて。初めて道場行ったのが通天閣将棋センターで、小6の卒業間近ですから。お二人と比べるとちょっと遅い。田中(魁秀先生の)教室に中学から行って、それでプロになろう思ったんが中3の時やから、決めたのも遅い。
井上:最初行ったん何級ぐらいやったんですか?
長沼:田中先生のとこ最初行った時、有段者ぐらいはあったような気がする。その前に高槻の将棋センターでよく指してたから。
井上:もうバリバリやん。



―奨励会入会後について

藤原:あぁ~奨励会ね。あの頃は一番よかったね。
一同:笑い
藤原:その頃は強かった。一番楽しかった。
井上:あんたが一番強かったかもしれんな。
長沼:藤原先生6級で入ってね。いきなり5連勝で勝って5級になったんですよ。
井上:半年ぐらいで3級ぐらいになったんちゃう?
藤原:あぁ~そうやねこれ見たら(当時の成績表を見ながら)。
井上:そう、もうね。ぱぱぱーんと上がっていったからね。
長沼:1番早かったもん。井上さんより早かった。
藤原:けど1年たったら井上さんのが早かったよ。
長沼:あ、そうなん。
藤原:井上さん1級まで行った。僕2級やった。
長沼:僕3級やな。
井上:あんた(長沼先生)、5級で入ってんな?
長沼:5級で入った。
井上:当時は5連勝か8勝4敗で6級から5級に上がれたんよ。
長沼:藤原さんは5連勝やね。
井上:僕最初は上がってんけど、5級から4級はなんかいっつも2勝1敗やったんよ。だから5級はちょっと長かってんや。ほな、この人が(藤原先生を指しながら)。
長沼:すぐ上がったね。
井上:知らん間に3級なったからな。
長沼:2つも開けられた?
井上:2つ年下の男に2つ開けられた。
長沼:あらららら。そんなことがあったとは。
藤原:そこまでですよ全盛期は。
一同:笑い
藤原:そこで終わりました。
井上:その辺の時、東先生が(記事で)絶賛されてさ。
長沼:藤原さんを?
井上:うん。ちょっとこう、雰囲気も只者でないみたいな。
長沼:只者でないのはあってますね。
井上:将棋も鋭いしこれはちょっと、なんて書いてあったん俺すごい覚えてるわ。(藤原先生は)長沼先生の印象はどうですか。
藤原:だから全然印象ないんですよ。
一同:笑い
藤原:僕井上さんしか見てないから。
井上・長沼:おぉ~。
藤原:これ(記録)見たら、(長沼先生に)よう負けとるわ。
一同:笑い
長沼:そう?
井上:よう負けとるわ。
藤原:(井上先生は)何年ぐらいで初段になったん?
井上:1年半で初段やな。
藤原:それは早いですね。結局四段には?
井上:3年4ヵ月かな。
長沼:はや。
井上:まぁその頃は。
藤原:歴代でも早い方じゃないですか。
井上:その頃が俺の華やわ。
長沼:めちゃくちゃ早い。そっからもう順調に上がられて。
井上:いやいやいや。



―奨励会時代大変だったこと、記憶に残っていること

藤原:どうですか?
長沼:藤原先生三段リーグあったから、絶対大変やったでしょ。
井上:入ったとき記録とかもようとったね。
藤原:記録はよくとりましたね。
井上:あと前の連盟は隙間風もね、もちろん入ってくるし。
藤原:あぁ~ひどかったです。ガタガタガタガタいうし。
長沼:暑いのもあったり。築50年以上でしたよね。
井上:記録はよぉとったですけどね。昔はね、対局も持ち時間長かったな。プロ棋戦は大概6時間で、午前中はほんまのんびりしとったもんな。
藤原:のんびりしてましたよ。
長沼:のんびりしてましてね。僕も(記録)よくとりましたね。
藤原:楽しかったですね。
長沼:最初はしんどかったでしょ、記録係。
藤原:いきなり新人王戦の準決勝取らされて。
井上:え。
長沼:僕も新人王戦やった。時計ずっと見てても進まへんねん、針が。それで時計見るから長く感じるんやと思って、見るのやめてもう1時間経ってると思って見たら、まだ3分しか進んでない。
井上:将棋考えんかいな。
長沼:その時は考える力がなかったし(棋士が)何考えてるかわかんない。駒も全然ぶつかってないですよ。
井上:あぁ~。
長沼:今なら将棋のこと考えて退屈はしのげるけど、その時(自分は)めっちゃ早指しやったんですよ。何考えてるんやと思って。
井上:ほんまやね。
長沼:5時間ですからね。今の順位戦級に長いよね。
井上:そういやある将棋ですごい早投げしてね。それで伊達(康夫)先生に講評でえらい怒られたんよ。それ読んでから。
長沼:投了しなくなりましたか。
井上:うん。めっちゃ粘らなあかんねんな思て。素直やからな俺な。
藤原:伊達先生で思い出しましたよ。(奨励会時代)つらいことがあった時、伊達先生が理事やって。一言「はよ四段なりぃや」言うてもらったんですよ。上がったらこんなこともないから言うて。
井上・長沼:おぉ~。



―奨励会時代・塾生について

井上:塾生はいつからやってたん?
長沼:塾生は3級から初段までですね。(北畠からの会館移転の際)4月からこちらに事務所だけ移ってきていて、対局は向こう(北畠の本部)でやってて。お留守番で塾生やってました。それで僕1か月だけの予定が2か月に伸びて、その後も延々こちらで対局の準備が出来なくて、年内いっぱい北畠に住んでました。
井上:塾生って(当時は)住み込みやもんな。大変なことなかった?よう寝れんのあんなん?
長沼:寝ましたよ。塾生部屋知ってます?
井上:知ってるよ。これの1/3ぐらいの広さかな(和室・水無瀬を指さしながら)。
長沼:まぁまぁまぁそうですね。よく寝てた。
藤原:半分ぐらい?
井上:半分ぐらいか。物が色々あったからな。
長沼:物が多いからもっと狭い。普通はみんな将棋指してる部屋ですから。
井上:そういうことやな。
長沼:そこで寝ないとあかん。(対局)やってたら寝られない。
井上:やっぱよう(練習)将棋やったんですか、塾生で。
長沼:将棋やったけど、やっぱり用事が多いから塾生になる前の方がたくさんやってます。それはもちろん。
藤原:昔はね、10秒将棋ばっかり。
長沼:口で読む。
井上:10秒、自分で読む。
長沼:口で10秒。
井上:そやそや、時計がなかったんやな。
長沼:(当時)時計は切れ負けにしか設定できなかったので、口で10秒将棋を。今は便利な時計になりました。口で読んでる方はお見かけしない。



―四段昇段を決めた日

長沼:大雨でね。高槻から雨の中、駅まで車で母親に送ってもらって。手数が200手ぐらいかな、すごい超手数の将棋をなんとか勝って、それで上がったんですかね。坪内(利幸)先生がよかったねとか言うてくれたのを覚えてますね。
井上:ほぉ。
長沼:藤原さんがラス前の1局で。
井上:あんた(藤原先生)ラス前やったんかいな。俺も長沼先生がラス前。(四段昇段の)朝、星占いみたいなの見たんですよ。「今日はきっといいことがある」って。2月4日に上がったんですけどね。師匠の将棋センターの近くに湊川神社っていう大きい神社があるんですよ。正月にはそこでお参りして、おみくじ引いたら大吉やったんですよ。だからいいムードやったんかな。それで良いことがある言うて。
藤原:(当日は)お祝い会したんですか?
井上:いや、ちょっとそれは覚えてない。
藤原:え?長沼先生は?
長沼:いやそんな盛大にはしないですよ。みんなしなかった。(藤原先生)したん?
藤原:いや僕はね、井上さんが来てくれたんです。
井上:え!
長沼:当日。
藤原:覚えてない?
井上:覚えてない。
藤原:井上さんとね、本間(博)さんが来てくれた。
長沼:藤原さんの応援に。
井上:ほんまかいな。
藤原:ほんで。
井上:負けろ思て。
一同:笑い
藤原:ほいでね、じゃご飯食べに行こう言うて。
長沼:あぁ~そうですか。
藤原:すき焼き食べに行ったんですよ。梅田出て奢ってもらってね。
井上・長沼:へぇ~。



―振り返って、今の奨励会と昔の奨励会で違うと感じること

井上:(今は)真面目やわみんな。
藤原:今は大事にされてますよね。僕ら片付けまで仕事やったんですけど、今は(終局が深夜になった場合)帰ってもいいとか。
長沼:記録係はみんなで取り合いの時もあった。
井上:あと昔は(記録用の)タブレットがなかったな。棋譜をとりに行かんと、将棋の進行がわからんかったよね。
長沼:あぁ~。そうそう。こっち来て1番びっくりしたんがテレビ(モニター)なんですよ。(棋士室から盤面を)見られるモニターでびっくりした。
井上:そうやな。もう今やと全部見れるもんね。本当もう、それは便利なったよね。
長沼:便利ですね。



―当時の勉強方法について

長沼:棋譜を(使っていた)。コピー青焼きなんですよ。青焼きみたいな機械が置いてあって。熱心な先生は全部刷ってもらって、郵送してもらって並べてました。あと連盟に棋譜があったからそれを並べていれば、将棋界の最先端という感じやったね。
井上:でも東京からの棋譜がなかなか来ぉへんね。
長沼:あー、なかなか来ない。
井上:もう一週間とか10日遅れぐらいで来るから。
長沼:東京とその差は大きかった。
井上:でも亡くなった西川慶二さんがいつも棋譜を手書きで写しててね。
長沼:あぁ~。
井上:あれはすごい。えぇっと思ったな。自分はやったことなかったですからね。それと、記録係は棋譜を(提出のため)何枚か書かなあかんのですね。写していくんやけど、写し方でも、7六歩・3四歩・2六って(先手後手の差し手順通りに)書く子は。
長沼:うん、また強くなる。
井上:まあ強くなると。これがね、もう、横からこう(先手、後手のみを列で見たまま)写すだけの子は、もう絶対強くならんっていう風にね。ちょっと言われたことあるな。



―プロ入りして、奨励会時代を振り返って今思うこと

藤原:もう奨励会やりたくないよね。
長沼:もうやりたくないですね。
藤原:もうやりたくない。
長沼:もう一度そっからやり直すん嫌やね。
井上:あ~ねぇ。なんか無我夢中でやった感じするもんな。
長沼:井上先生早いけど大変でしたよね。まぁ僕も三段リーグなかったのはほんとに楽だとは思いますけど、あったらもっと嫌やね。倍ぐらい嫌やね。
井上:絶対上がれるという確証があればな。
長沼:そうそう。勝ち星で上がれるとかね。
井上:三段リーグで鍛えられた方がな。
長沼:強なってるもん。そりゃ三段リーグ抜けた人みんな強かったもん。
井上:そうやな。ほんまやっぱり、だらけてもうたもんな。
長沼:ちょっと四段なってだらけてね。井上先生でさえそうですから。
藤原:井上さん、結婚してから急に(順位戦)上がったんですね。C1ぐらいで結婚された。
井上:そうやな。
長沼:それがよかったんですかね。その後、A級まで。
井上:なんかね。まあでも今は奨励会厳しいね。藤原さんの時は三段の数何人ぐらいやった?
長沼:三段リーグの初期の頃。
藤原:20ちょっとじゃない。
長沼:そんなんやったら、まだ人数的に1/10は上がれるとかね。1/7はね。
藤原:今倍やもんね。
長沼:今はもう3人としても(少ない)。
藤原:そうですね。今のが厳しいですか。
井上:そらそうや。
長沼:真面目に。
井上:みんな真面目にやってるからねぇ。



―最後にお互いの今の印象について

井上:全然変わらんけどな。なんかな。
長沼:あぁ、変わらない。
井上:せやけど昔の写真見たら、みんな痩せてるね。
長沼:あぁ、僕も痩せてるでしょ?
井上:あんたもっと細かったもんね。
長沼:僕40キロ台やったんですよ確か。
井上:俺も40キロ台や。
長沼:あぁそうですか。藤原先生もそうやね。
井上:みんな40キロ台や。細かったね。
藤原:このね3人で1番モテるのはこっちなんですよ(長沼八段を指しながら)。
長沼:ちょっとやめてください。いやこちらですよ(井上九段を指しながら)。
井上:いやいやいや。



話題は尽きず、和やかに進んだ座談会でした。ありがとうございました。