棋士・女流棋士がふりかえる100年

真田彩子女流三段「師匠との思い出」

真田彩子

女流三段

 師匠の佐瀬勇次名誉九段は弟子が多く、私は晩年の弟子で思い出はそう多くはない。面白いエピソードは沢山あれど、何を書いても兄弟子達と被るようで困ってしまう。
 何しろ大所帯なので、一門の集まりは声を掛け忘れる連絡漏れが起きることもよくあり、私は存在感が薄いので忘れられやすい側だった。
 一門で私にとって実際の師匠のような存在は、一方的な思いではあるが沼春雄七段だと思っている。長年にわたって機会あるごとに多くのことをご指導いただいたが、私が困り果てて複雑な状況でのご相談とお願いをしたときに「ご迷惑をお掛けしないようにしますから。」と言ったところ、沼先生が当然のことのように「迷惑はかけてもいいんですよ。」とサラッと言われたのは、今思い出しても泣ける。
 さて、このような私にも師匠の事が頭から離れなかった時期がある。それは、女流棋士になる前の当時の養成機関である女流育成会にいたときの頃。ここに入るにはプロ棋士の紹介が必要で、地元の将棋大会でのご縁からとんとん拍子に話が進み佐瀬先生の紹介で入会することができた。そこで、将棋界では普通の質問として「古河(旧姓)さん、師匠は?」と聞かれて困ってしまった。紹介して貰っただけで弟子になったと思うのは図々しいのではと思い、「育成会は佐瀬先生の紹介で入りました。」と事実のみ答えていた。
 いよいよ育成会入会から4年、来春からの女流棋士デビューが決まった。入会の紹介をして下さった先生に卒業を報告するのは当然のことだが、今度こそ正式に師匠が必要になるのでちゃんと確認しなければならない。緊張して電話をかけ卒業を報告すると、師匠から
「おめでとう。佐瀬一門の一員として頑張って。」
と言っていただけたので、心からホッとした。